転職と転機と天職(老後に読む)


最近、STORYさんや読売新聞さんなど、私が40歳ごろに人生の方向転換をした・・・という話の取材が続き、このことについて聞かれることが増えてきました。できたら料理や料理周りのこと、食べることを中心にした暮らしのこと、だったりする方が嬉しいので、そっち優先でと思っていますが(お願いします。)・・・。なにぶん、記事はぎゅっと凝縮されるので、自分でも記録しておこうと思いたちました。(老後に読む)

なにしろ、料理が好きなので、この仕事をしています。

あたりまえ・・と思われそうなのですが、私は『好きなことを仕事にしてきたか?』というと、違うので、今は、そう言えることが素直にうれしい。周りには、子供のころからスタイリストになりたかった、CAになりたかった、ファッション誌の編集がやりたかった、テレビの仕事が・・・という方もいらっしゃいますが、幸か不幸か、私が仕事、イコール好きなことで、だからちょっと大変な課題も(重圧でも)楽しい、と思えるようになったのはほんとに最近のことです。

そもそも、好きなことが何か?好きなことを仕事にしてもいいのか?わかっていなかったからです。

ただ、小学生~中学生のころはうちが旅館だったことから、かっちょいい料理人に憧れていました。子供の私には巨大魚に見えた鯛やかつおをさばく姿とか、毎晩厨房に並ぶ大きな鍋に昆布を入れるところとか、身長(当時の私の)くらいの壺に、白菜を漬けこむとか・・。そのころ、料理天国という吉村真里さんの番組があって、食いつく!ように見ていたし。ワイン・・の存在も知ったし、詩人であるランボーの存在も知りました(わかる人だけ、笑)。堺まちゃあきさんの天皇の料理番も、メモしながら見てました。でも、当時は(田舎では特に)女子が料理の仕事って?つくるっていうより栄養士とか?って感じだったんですよね。何しろ、栗原はるみさん前の話で、料理家といっても・・・?な時代です。それで、普通にミーハーな大学へ。

どんな仕事がしたいか?なんてあまり考えない、真性のノ―天気な大学生@バブルでした。中畑貴志さんや岩崎俊一さんといったコピーライターに田舎で憧れていたし、本が大好きで言葉を使う仕事がしたいな・・・広告?いやファッション誌で書くのもいいな、とか思ってはいたんですけど。

そんな大学時代、よく、叔母と料理しました。ほぼ毎日。でも、私がおかずを作ると、『なんか、独創的というか、いろいろスパイス入れて変な料理』とか言われたりしていました、笑。当時は、田舎にない、初の食材やスパイスに興奮して実験の気分でしたから。大学卒業後は、自分なりにやりたい仕事も見つかりなんとなくやっていたこともあり、料理は日々のあたり前のことのひとつになっていきました。外食華やかなりしころで、食べまくってはいましたが・・・もっと、社会的な仕事を!といきがってもいたし。

それが・・・そういえば、料理だけは変わらず ずっと好きで、楽しくて楽しくてしかたなかったな、と、小中学生のころの気持ちを思い出したのは、実は30歳を過ぎてからです。30代を迎えるころになって、20代のころの自分の旅がつねに食べることメインだったことや、どんなに疲れていても、食べたい物があれば自分でつくる!献立を夢想するのが大好き・・ってなことに改めて気づき、あれ、私って結局料理が一番楽しいんじゃないの?と思いはじめたのです。

さらに、辛いことがあった時、料理に(食べることより、つくることに)癒され、元気をもらえる・・ことに気づきました。私にとって、ぐしゃっとひしゃげる(つぶれるってことですね)ようなことがあった時、何も手につかなくても、料理だけはしていて、なんかつくりたいな・・作ると夢中になって助かるな、癒される・・と。

これはその後も、あ、今もそうです。震災の時も、何もできないくせに、気持ちだけわさわさしていて・・・私自身は料理に気持ちを支えられていました。(これは、おもうように暮らしが成り立たない方々ばかりだった中で、身勝手で申し訳ないことでもあるのですが、お許しを。)

30代、自分としては忙しく働かせてもらったと思っています。特にそんな時にこそ、帰宅する途中で、必ずスーパーによって、晩ごはんをつくっていました。週末も、今よりもっともっと料理していた気がします。先日、読売新聞の取材の時に、それって大変ですよね?と聞かれました。だけど、私にはその料理時間が唯一のストレス解消時間だった・・・というと、えーー!とブーイングされそうですが、そういう人もいるんですよ。私もその一人。忙しい時に、ビーズやっちゃうとか、ヨガに行くとか?人それぞれだから、わかんないんですが、そういうことあるでしょ?たまたま、私は毎日料理することが喜びで、これだけはどんなに疲れていてもできることだと、気づいたのでした。食べることは毎日のことなので、一石二鳥でしたし。

さらに、相方と結婚したことで、ますます料理が楽しくなりました。素直に、食べてくれる人がいたら、楽しくなる、ですよね?なにをつくろう?と考えるのが楽しいし、身体に優しく、いいものを・・と自然に思うようになるし。なにげなく引いただしに、目を細めて喜んでくれると、とても嬉しかった。大切な人であれば、おのずと、トランス脂肪酸やめよう、化学調味料やめよう、とか思うわけですし、ww。

ある著名な料理人の方が、料理は愛、愛があればおいしくなる・・的なことをおっしゃっていましたが、全面的に同意です。だから、結婚後、料理熱はヒートアップしたし、日本各地や世界を食べ歩くことにも、興味だけでなく、意味が持てるようになりました。いっしょに外に食べに行き、家で私が再現して、今度は家で一緒に食べる・・というのも楽しかった。相方は、私が料理好きとは、想像もしないで付き合いだしたそうですが・・。

元ヤンキースの松井選手が、自分は天才ではないけど、『努力することにおいては天才かも・・』と書いていました(正確な引用じゃないです)。そのときに思ったんです。確かに!松井はそもそも天才だけど、好きなことに対してであれば、人はだれでも、努力の天才になれるんじゃないかな・・と。

だとすると・・・私の場合、それはなんだろう?と考えるようになりました。そして週末に料理学校へ通ったり、イタリアやタイや中国や、旅先で料理クラスに出たりするようになりました。

その後、たしか38歳の時に、自宅での料理教室(友達同士だけの、仲良しクラブ)を始めました。やりながらも、仕事も続け、料理学校や料理教室に行き・・・、まだまだ漠然としていたと思います。その後、相方の関係で、NYで暮らすことになり、あとは、STORYさんや読売さんが書いて下さったとおり、出会いがあり、好きなこととは何か?をしみじみと、つくづくと、考えさせられ、『帰ったら料理教室をやりたい、伝えたいことがある!』と決意して、帰国したのです。

とはいえ帰国後も、私は石橋を叩いて壊すようなタイプのA型?。しかも、それまでの40年近い日々で学んだ 『 ともかく、軽率にことをおこさない、しっかり準備することが大事!』という思いがあったので、すぐには動かず、準備に3年以上かけました。フードコーデイネーターやら食育インストラクターの資格を取るとか、フードアナリストの試験受けるとかそういう勉強もしましたが、何より、自分が料理で何をしたいのか?何を伝えたいのか?どんな料理がしたいのか?考えるのに時間をかけた気がしています。

そして、ものすごく料理に没頭しました。キュウリを10本綺麗に何分で薄切りできるか?とかを毎日やったりもしましたし。⇒アホ?

最初の教室は、忘れもしない、私のソウルフードである 昆布とカツオ節のいちばんだしと、これで炊く里芋、さんまごはん、などの大変地味なメニュー。きて下さった方は、5回の開催で、のべ30人くらいかな。その後、2年は、なにもかも、ひとりで準備して、時には教室に泊まり込んだりして必死でした。教室を一からはじめられた方は、みなさんそうだと思います。

そういうことも、好きだから続けられるのだと、思っています。若い時は、世の中の役に立つとか、仕事にややこしく意義を求めたりしていたけど、今は、そんな気持ちではなく、まず好きだからやっています。私が好きで楽しいことを、みんなにも伝えたい、っていうそんな気持ち。なにより、おいしいって、幸せだし。美味しいものを食べながら怒っている人もいないし。しかし、お伝えするからには、学ぶし、調べるし、研究します。好きだからこそ、努力する天才に・・なりたい。

そして、好きというのは、私の場合、どんなに疲れていても、いやなことがあってもできるし、楽しめること、という定義。三度のメシより好きなこと、って昔から言いますよね。加えて、辛い時やつかれているときもできること、ってのが大事かなと思います。それが私にとっては料理・・ということです。はきそうに満腹でも食べ物のことが考えられる、食いしん坊ですし。

今思うと、大学は食物科とか行って勉強すればよかったなとか、高校卒業して辻調行けばよかった・・とも思うのですが、一方で、もしかしたら、その頃からやっていたら、続けてなかったかも?なんて思ったりもします。無駄に思える、料理以外のことも、きっと何かに役に立っているのではないでしょうか・・・。

活躍されているシェフや料理家の方にお会いすると、すごいなーと、以前よりもっと強く思います。12時間とか立ちっとぱなしだもんな~なんて実感を持って、しみじみ。でもきっとみなさん、なんだかんだ言っても、好きなんだと思う。多くの人が、もっと早く、そこに気づいているのだと思いますが・・・遅ればせながら気づきました。

ところで、40歳からの転機、という話の中で、あらためて考えるようになったことがあります。

20代や30代のころは、仕事を転々とするとか、いくつもの仕事を掛け持ちしたりするのは、腰が座っていないとかネガテイブなイメージでした。(田舎で育ったせいかな?)。でも最近はそんなことはないんじゃない?って思います。終身雇用的な大企業に入った友人や、相方を見て、サラリーマンでも、転職しているんだな、と知ったことが大きい。会社は変わらず、何十年も同じ会社にいても、仕事は激変していたりしますよね。また、考え方も、仲間も、状況も、自分自身の顔も体型もなにもかも変わっていく中で、変われない方がむしろ困るのでは?ないかと。何百年も続く老舗でも、千年一日、同じ仕事をしている訳ではない。舵をとる人や、時代によって、仕事の内容も価値も変わっています(いい意味で。)。時々、変節をやみくもに批判する人がいますが、それは止めようと私は思います。(だから新卒で就職できなくても、自殺したりしないでね、人生は割と長いのだ。)

ただ、その時々で、一生懸命やったと、自分に対して胸を張れるかどうかは大切で、であれば、積極的に変化し、新しいことに挑戦し、同時にいくつもの場所に席をもつのは、素晴らしいことなんじゃないかなと思えるようになりました。お天道様や、ご先祖様と、相談しながら、後戻りも、やり直しも、何回でも出来ると、私は思います。そして、試行錯誤したり悩んだりしながらも、懸命にやるなら、それを天職と呼ぶんじゃないかな、と。

来年、50歳になります、きゃあ~(新聞にも大きく出てましたが・・・日本の新聞だけじゃない?なんで?)。

ただの料理好きが、大好きなことを仕事にしたいと思うようになって、具体的なアクションを起こして、まだ10年くらい。新人?です。直接、伝えられる教室を続けながら、書籍や雑誌のお仕事、さらには、私が個人的にとても興味がある日本の伝統的な調味料のこと、その背景にある(と最近皆さんと話して気づいた)家業を継ぐということ(伝統産業について回る)について、紹介したり、考えたりしていきたい。そして、またさらに新しい興味が広がると思うし、毎日挑戦していたいなと思います(かき氷、1日、何杯食べられるか?とか、ヴァンナチュールのこととか。)。

ってことで、肩のリハビリも続けつつ・・・教室も、ほかのお仕事も、勉強も、真摯に。なにより、シジュウからの新参者だという初心わすれず。

ほんっとに、失敗多く、なにごとにも時間がかかるタチなんですが、支えてくれる相方、信頼できる仲間に出会えたことは、私の得た唯一の果実です。心からの感謝を。

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