30年前の母と、私と、桜咲く。


あのとき、母はちょうど、今の私の年だったんだな~と、この数年思うようになりました。そして、すごく不思議な気持ちになるのです。いや、ときどき、身につまされたり、納得したり、へーっと思ったり。そんなことありませんか?

私が、18歳で東京の大学に入学することになり、上京した時、母はほぼ、今の私の年だったんだな、と、今日散歩をしながら考えていました。ちょうど桜のころ、ふたりで、ニューオータニの廻るレストランへ行って、中華ビュッフェでお腹いっぱい食べたことをふと思い出しました、笑(今はBARになっていますが、昔中華だったんですよ)。ふたりで、ホテルで食事なんてめずらしいことだったから、なんだかうれしくて、桜を見ながら、御堀沿いを歩いたことも。

ずっと一緒に暮らしていたのに、長崎と東京で離れ離れになることになって、でもまだあまり実感はなくて、まるでふたりで羽目をはずして東京に遊びに来たみたいに楽しかった記憶です。当然のように母にご馳走してもらったことも。笑顔で、長崎に帰る母を送ったことも。

考えてみれば、母の当時と今の私を比べることができるようになったのは最近のことです。ああ、大学に入ったあの頃、母は○歳だったのか~今の私じゃん?考えたら若かったんだなあ、というように。せいぜい、この5,6年のこと?そして、40代も後半になって、ますますそんなことを思うようになりました。自分の身体に、確かで大きな変化とか、老いを感じるようになって、そうか、今があの頃の母なんだ・・と。

そう思うと、母はとても元気だった気がします。見た目は、イマドキの世の中の傾向としても私の方が若い?(本人に打たれそうですが・・)気がしますが、気持ちも体力も母の方が若いような。

結婚した時、母は私に『とにかく、女の人が元気じゃないと家庭はダメ』 『少々いたらないことがあっても、元気で明るくしているのが大事、それが、旦那さんの毎日にも影響するんだから・・だから気をつけて、大事にね』と。そして今も、同じことを言います。『自分をいたわるのが、結局は家族の幸せ』と。いや、今こそ言うってことなのかもしれません。

きっと母も、私ぐらいの時、同じように疲れや衰えを感じていたのだろうなと思います。でも、だからこそ、その経験として、元気でいなきゃ、と言いいたくなるのかもしれません。

今、80歳を迎えようとする母が、最近よく、『おばあちゃんが、よく~と言っていた』と言います。おばあちゃんとは母の母のこと。きっと母も、私と同じように、自分と同じころの母親を思い出すのでしょう。『おばあちゃんがよく、寒いより暑さがつらいと言っていた』『おばあちゃんがよく、手のひらで自分の足をさすっていた』あるいは、『おばあちゃんに手で肩をさすってもらうだけで、気持ちよかった、徳のある手になっていたのね~』とか。

あの、廻るレストランで中華を、苦しいほど食べたときと、なんにも変わっていないと思っているけど、ふたりは確実に年を重ねて、私はことあるごとに、ああ、あの時の母は・・と思うようになり、母は晩年の祖母に自分を重ねるようになりました。ずっとずっとものすごく年上で、絶対的な存在で、怖かった母は、少し小さくなり、私が年を経たことで、ああ、あの時の・・と重ねることができる、前よりもっと近い存在になった気がします。

今週、母が上京し、しばらく一緒にすごせます。このところは、帰るとき、笑顔で別れるというより、お互い涙をいっぱいためて送ることが増えました。まさか、母が今の私の年だったあの時に、もう一緒に住むことがない・・とそこまでは考えていなかったでしょう。それでも、結果としてあれからずっと離れ離れで暮らしています。

東京にたくさんいる、そんな、地方から来た子には、ちょっと特別な桜の季節。

いつも思いはあるけれど、母と一緒にいるとなかなか優しくできなくて、からまわりして、失敗ばかりしてしまう私ですが、今は、母からゆずりうけた最大の財産だと思っている、料理の仕事をしていること、しみじみよかったなと思います。ふたりのいちばんの話題でもあります。感謝の気持ちでいっぱいにもなる。こんどは私が作って、一緒に食べる、いろんな名所に行かなくても、それをとても喜んでくれているようです。

どうか、滞在中、いい日々をすごせますように、と、そんなことを思いながら、今日は桜の道をあるきました。

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