昆布と、出会いと涙。


ちょっと目に涙をためて、その方はやってきました。名刺をにぎりしめて。

「大阪から来ました。私、大阪で昆布問屋をやっています・・。」と。

私は、8月から毎月、3回にわたってNHK文化センターで《昆布を使ってうまみ名人になる!~だしをとって、ていねいなごはんを。》というテーマで講座を開催していました。

昨日はその最終回。実はその会に、ひとりだけ若い男子が参加していました。女性が多い中で、しかも若かったので(笑)ひときわ目立っていて、あの若さの男子で昆布に、だしに、興味があるのかな?と思いながら見ていたのです。

2回目の終了後に、彼がやってきて、「ボク、今度、昆布問屋に就職することになったんです。それで、北海道の昆布漁に修行に行っていて、そしたら、その漁師さんに山脇さんの本をすすめられて、それでこの講座に来ました!」と。

おおお!その方は、私が南茅部で昆布漁の船にのせていただいた、昆布漁師の小山下さん!ですね~!!!!と、もりあがり、ありがたいご縁だな~と。

とてもとても明るくて、ノリもよく、話をした後も、とても昆布やだしに興味があるような感じの青年ではなく、イマドキな感じの青年だなと思い、そして、私は勝手に想像しました。ああ、やはり就職がないのかな?大阪の昆布問屋さんに就職とは・・・。

きっと大企業ではないから、やはりいろいろ大変なんだろうな・・・でも、縁あって昆布の世界に入ったのだから、(小さい会社でも)極めて、プロになって、いろいろ発信してほしいな~、いやまてよ、そもそも好きじゃなくて入ったとしたら続かないかもな~女子にもモテないだろうしな、と、勝手に偏った妄想をどんどんひろげつつ、中略して、ただ「がんばってね~」とエールを送ったのでした。

そして、最終日の昨日、ちょっと目に涙をためて、近づいてきたきれいな瞳をした女性は、彼のお母さんでした。

本来この講座を受講していた息子がどうしても来られず、代わりに自分が来たとのこと。そして彼女からお話を伺って、ほんとうにびっくりすると同時に、浅はかな自分を深く反省もしたのでした。

聞けば、彼女の実家は昆布問屋。ご主人の実家も、昆布問屋。昆布問屋同士で結婚し、親戚も多くが昆布に関する仕事で、昆布問屋一族。そんな中、ご主人は大阪の昆布業界の会の会長も務め、世話役もこなし、このままだと衰退していく昆布文化を守るべく奔走していたのだそうです。

しかし、突然のがんの宣告。

「1か月でした、あっというまに死んでしまって・・・。お店も、業界も、家族も、びっくりもなにも、もうどうしたらいいのか、右往左往して。」

ご長男は、夢だった3大商社に就職された矢先で、後をつぐより、追いかけたい夢があると言う。

「本当は、大学院へ進学するつもりで準備していた次男が、つぐ・・と言ってくれたんです。」

それが今年の5月のこと。そして、急きょ、北海道へ昆布の修行へ。問屋さん、漁師さんと住み込みの修業がはじまったのだそう。

その、修行先が、私もお世話になった、南茅部の白口上浜・安浦で漁をする小山下さんだったのです。

ああ、あの青年が、そうか、大学院をあきらめて、家業をつぐことにした次男クンだったのか!

聞きながら、私も泣きそうになりました。そして、彼女は「とにかく関西でも、いや昆布の本場、大阪でも昆布を使う人は減っているんです。若い人どころか、自分のまわりに昆布使っている人何人いる?と思ったら、いない・・・今日の講座のように、昆布とカツオで出汁をとるひとなんて、ほんとうにいないんです、それが一番おいしいのに・・

と。

息子さんがつぐことになったのはいいけど、それは決して将来が有望な家業ではない、そのことに、不安を感じられていました。そしてなによりも、ほんとに美味しいのに、先達の知恵が詰まっているのに、使う人がただただた減っていくのは、辛いことだと。

私も全く同じ気持ちなのですよね。日本の伝統文化だからつなぎたい、なんて言ってみても、つながらないのです。料理屋さんじゃないし、伝統文化だから昆布を・・・なんて、日々の使う理由にはなりません。

とにかく、ほんとに美味しいから、使うのです。身体にも安心だし、味わいに代打がいない唯一無二の物。市販のだしで済ませる日もあっていいけど、それらとはまったく違う味のもの。

違いを知って、おいしさを知ってほしい。それが、いとも簡単に(昆布の場合、水に漬けておくだけ!)毎日食べられるのに使わない手はないよね?と思うのです。

この日、だしがらの使い道として、昆布の場合は、まず、そのまま使うのがいいですよ、とお話ししました。私は、煮物の下にひいたり(なべ底にくっついたり、煮崩れるのを防ぐ)、落とし蓋の代わりにしています。落とし蓋のかわりにしたら、その昆布もおいしくて、ぱくぱく、はだ食いしたくなりますよ。

そんな、日常的な使い道を、ぜひ広めてほしい・・とおっしゃってくださいました。この日、ご紹介した昆布のジャムも気に入ってくださって、うれしかったです。

と同時に・・・私にはおもうところがあったのです。前回、彼は、「昆布問屋に就職することになって・・」とはにかみながら言いました。

決して「うちが昆布問屋で、継ぐことになって・・」とは言わなかった。

そのことに思い至り、なんと謙虚で素晴らしい青年かと思ったのです。こういってはなんですが、若い人同士で話しても、カッコイイ就職先ではないかもしれない。(私はとてもすてきだと思うけど)せめて家業を継ぐと言いたくなるところじゃないかと思うのです。でも、「昆布問屋に就職することになって、なにもわからないから北海道に修行に行っていたんです」と。しかも、柱であった父親を失って半年もたたない時に。

夜、この話を相方にしたら、涙ぐんでしまって、私もつられて涙が。

なんでかな?と思うのですが、素直に心から応援したくなったのです。きっと気持ちの入った、いい商売をする人になると思うし、名刺を握りしめて、声をかけてくれたお母さんからも、その思いが伝わってきたから。

昆布がくれた、小さな出会いのお話です。

大切に、今度は大阪でお目にかかりたいなと思っています。

昆布