今を生きるシェフをみつめる、ノ―マ世界を変える料理@公開中【映画】


シェフが、ただ腹を満たす料理を作ればよかった時代はとっくの昔に終わってしまった。そして、シェフが、おいしい料理をつくればよかった時代も、とっくに終わっている?のかもしれない。

イマドキのシェフは、もっと、美しい料理を!まるで現代アートのように、そして美味を越えた、サプライズを!未踏のはじめての味を!と求められる。使うすべての食材にも物語が求められ、理由が求められる。調味料には美味しさに加えて伝統と愚直な作り手のストーリーが求められる。店には、品格と共にどこよりもモダンで誰よりも高いセンスと だれも思いつかなかった工夫が求められる。サービスには知識の完璧さに加えて、エレガントさと、愛嬌の難しい両立が求められる。そしてシェフはこれらすべてをまとめあげる、店の象徴でなければならない。腕だけではなく、知性が求められ、全人格が求められ、スタイリッシュさが求められ、毎日の笑顔が求められ、さらには、カリスマと発信力までもが求められる。その上、利益を上げることまで。やれやれ・・・?

ソーシャル後の社会で、過剰さが加速した分野がいくつかあると思うけれども、食の分野はまちがいなくその一つだと思う。

世界中のレストランが比較され、もてはやされ、けなされ、スープの温度とかならまだしも、時にはサービスマンの靴の磨き方まで、細かく評価され、それが一瞬にして伝播する。フェイスブックで、ツイッターで、インスタグラムで。人々はすぐスターに飽きてしまい、常に彗星を探している。まだ見つけられていない才能を!荒野に咲く、1輪の輝くバラのようなシェフを 『私が見つけてみせる!』 と 躍起になる。

デンマークのNOMAを率いる、レネ・レゼピは、こうして見つけられ、彗星のように世界一に躍り出たシェフだと思う。荒野に咲く、1輪のバラのように。

北欧、まだ世界のグルメ貴族たちの足跡がついていない場所。料理では特筆すべきものがないと思われていた地に、燦然と輝く星。そんな場所だったからこそ、グルメ貴族たちの 『発見する喜び♡』 を満たしたのかもしれない。なにしろ、みんな、ギャップが大好き(Gapぢゃないよ)。こんなところに、こんな店が!!!が大好物だから? そう、7,8年前、“これから北欧が来る!”と多くの人から聞いたものです・・・。

そのレネを4年にわたって追ったドキュメンタリー映画が、『ノーマ、世界を変える料理』(原題:NOMA MY PERFECT STORM)』。

観て、そして、実は、うーむと考え込んでしまった。

多くのシェフがこの映画について、ゼロから自らの城を築き上げ、世界のはじっこで(ごめんなさい)、世界中が注目するレストランにし、ついには、世界ベストレストラン50で4回も1位になり(2015年は3位)、世界一予約が取れない店をつくりあげたレネシェフはすばらしい、とコメントしている。

なにしろ、ノ―マに行くためだけに世界中からデンマークへ行く人が後を絶たないなんて、万里の長城かタージマハールか。はたまたミケランジェロの最後の審判@システィーナ礼拝堂か、モナリザ@ルーヴルか?

先にも書いた通り、おいしいなんていう、100人100色の評価だけに頼ってちゃ始まらない世界。デンマークのしかも店の近隣の食材に限定するコンセプトや、ナチュールしか出さないワイン、蟻までも5味のひとつとして組み合わせてみよう、血を発酵させてみたら?なんていう進取の気性も、古典絵画的絵心も、現代アート的サプライズセンスも、不可欠。研究者であり、アーテイストであり、クリエーターであり、プロデューサーであり、プランナーでもあり、そしてシェフでなければならない。

そんな神のような仕事が大変でないはずはなく、苦悩につぐ苦悩であることが、映画の中でほとんど笑わない彼から伝わってくる。ここまで、荊の道だった、と。それを彼も肯定しているように見える。なによりも、自分に厳しくなければできなかったと。そして、もっとも大変なのが、達成より維持だってことも。安楽の日はなく、全人生をささげている様も。

この映画が彼にとってプラスになるのか?心配になるほどに伝わってくる。

映画の中には、なぜ、彼がそれを成し遂げることができたのか?その大きなヒントがある(と思う)。それは私にはちょっと衝撃的で、同時にちょっと納得もした。それでも、そんなに苦しいのになぜ続けているの?と聞きたくなる。実際、映画の中で、なぜこんなに苦しいことを続けなければならないのか?と自問するシーンが出てくる。ええ、ほんとに、なぜなんでしょうか?私も、聞きたい。

それで、ふたりのシェフに思いを馳せた。一人は、ジョアン・ロカ。件の世界ベストレストラン50で、ノ―マと1位を争ってきた(映画の中にもチラッと出てくる)バルセロナのレストラン「El Celler de Can Roca」のオーナーシェフだ。 

去年インタビューしたときのこと。今世界中が★やランキングを争っているけど、どう思うか?と聞いたら、彼は笑って、『そういうことはやりたい人たちがやればいい、料理人は実際は仲がいいし、食べることでみんなを幸せにするっていう仕事に誇りを感じていたら、それでいいんだよ。食べるのは楽しいこと、料理も楽しいことだから。』 と。 生家は、食堂で、シェフはマンマ。そこで育った3人兄弟(彼が長男)が開いたレストランが、ミシュランで星をとり、2015年にはノーマを抜いて!世界ベスト1に輝いた。「今でも、マンマの料理が世界一だと思ってる。だれよりもマンマの料理を食べているからね。」という。彼も同じ競争の中にいる。だから、本心かどうか含め、受け止め方はさまざまだろうけれど、ジョアン・ロカはいつも笑っている愉快な“大人“だった。

もうひとりは、あったことも食べたこともないけど、昨年ドキュメンタリーを見て感銘を受けた、ガストン・アクリオ。ペルーの政治家ファミリーで、銀のスプーンをくわえて生まれてきた彼。シェフになり、ペルー料理を世界に知らしめ、ペルーの食材を、農業を、漁業を力づけるヒーローになった。成功したビジネスマンでもある。政治家にはならなかったけれども、政治が果たすべく役割までもはたしている。果たそうとしている。それこそ、次に来る!と言われている南米で、きているシェフ。

明るく、笑っている社交的な姿、外へ向かうアグレッシブな姿が続く映画だった。同じ激務も、大変だ、苦しい修行のようだと捉えない、と決めたガストン、うちに向かうように見えるレネとは好対照だ。実像はわからないが、映画で自分をどう見せるか?が真逆で、とても興味深い。

今年、スイスのロテル・ド・ヴィルで三つ星を持つシェフ、ブノワ・ヴィオリエが自殺した。世界を代表するシェフのひとりだった彼は、星が減ることをおそれ、評価におびえていたと報じられた(自殺の原因かどうかは不明です)。

料理なんて、本来なら罪のない消えモノの世界。しかも3つ星の店には、みんな幸せになりたくて行く。そのバックヤードで、求められ、求められ、求められ、追い詰められていくなんて・・。でも、過剰な発信と評価と競争の嵐の中、繊細な人であれば、どこまでも追い詰められ、その先に暗く深い孤独の谷が、用意されているのかもしれない。エル・ブジのドキュメンタリー映画でも、店を閉めると決断したフェランの苦悩する姿に、限界なんだ、きっとそうなんだ・・・と感じたことを思いだした。今の料理の世界は、社運をかけた新しい電気自動車とか、起死回生を狙ったゲームとか、そのくらいの力で新しいものを生み出さなければ、生き残っていけない?のかな。

『ノーマ、世界を変える料理』 原題は、NOMA MY PERFECT STORM。

パーフェクトストームとは、空と海が一緒に襲ってくる完全無敵な嵐。「なすすべもなく、茫然としそうになる、その中で、いつか立ち去ってくれると信じて、逃げない。そんなパーフェクトストームこそ、ノ―マでの僕の人生だ」と、レネが言う。「成長し続けていることを世界に示す」とも、そして、「たとえるなら、ノンストップの特急列車」とも。

うーむ、料理を出し続けるのは、私レベルでもプロとなると大変だ。脳みそも溶けそうになるし、肉体もきつい。苦悩することもある。ましていわんやなお・・その高みを見た者はさぞや。でもね、スクリーンに向かってあえて言いたくなる、逃げてもいいんぢゃない?いや、そもそもそれが、パーフェクトストームなら、死んじゃうよ?と。そして、彼が殉教者のように見えて、切なく、ちょっと泣けてくる。(映画パーフェクトストームではたしか全員死んじゃったし)。

もしかすると、そこ=料理にしか、彼の居場所はないのかもしれない。やっとみつけた居場所。だから嵐の中に立ち続けるのかもしれない。

私は、デンマークの店には行ったことがない。東京のマンダリンオリエンタルに全スタッフをつれてやってきたノ―マには行った。(普通に、コネなしで、必死で申し込みました、笑) キッチンを席を、歩き回り指示するレネのストイックで神経質そうな姿にちょっと感動した。ただ正直なところ、美しいビジュアルが目に焼き付いている料理はあるのだけれど、わすれられない味はなかった。その後も、日々インスタグラムに発信されるノーマを見て、それでいいのかもしれない、とも思っていた。でも、映画を観て、一旦今の店を閉めた後、次に、村ごとノ―マのような、レネの新しい場所ができたら、なんとか行ってもう一度味わわなきゃだなあ、あの場所でしかわからないものがあるのだから、と思っている。

世界中にすごいレストランがあり、さまざまなシェフがいる。忘れられない味もある。ただ食べただけで、いたく心酔したシェフもいる。大げさに言えば、人生に影響を与えるような一皿もあった。そして、今日も、扉をひらくと運命が変わるようなレストランを探している。(もしそんな店があるのならば。)

しかし・・・?「食べるってそこまでぢゃないよ〜」「競争なんか意味ないよ〜サプライズいらない、全部同じじゃん~」という私と「そこまでやらなければならない世界、料理は過酷な芸術だ〜もっともっと新しいことみせて」というふたりの私が、今日もたたかっている(前者が勝つことが多いけど)。

ぜひ、料理のプロじゃない人にこそ、彼の凄まじさと、生き方と、今、食の世界のてっぺんでおきていることを観て知って感じてほしい。食べるって?料理って?と考えると、もしかすると、哀しくそして可笑しく、滑稽、に思えてしまうかもしれないけれど。

『ノーマ、世界を変える料理』公開情報はこちらから。 http://www.noma-movie.com/

※ちなみに、2015年世界ベストレストランで、ミーハーの私めが行ったことがあるのは、4つ(5、6、7、8)。次は、バンコクへ! かく言う私もいつか全部行ってみたい~。

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