ヤマロク醤油がなぜおいしいのか?~醤油をめぐるその4


『旨!なんともいえない後を引くうまみがある・・・でも、なんで?』 

私がはじめてヤマロクさんの醤油を味わった時の感想です。私は、ヤマロクさんの醤油のおいしさのポイントは、ともかく角がないことと、クセになるうまみだとおもっています。例えば、なめてみたとしたら、またなめたい、もう1回・・と思う、旨味、クセになるということです。グルタミン酸にしても、グアニル酸にしても、肉由来ではないうまみは、甘く優しいけれども、中毒性があるようなクセになる味だなとよく思います。それがしっかりある。だから、加熱したり、なにかと混ぜるのはもったいないと感じる味。このおいしさってどこから来るんだ???私が最初に思って、実は今も思っていることです。

今回はそのおいしさの秘密を。

ヤマロク醤油さんは、今の当主、山本康夫さんが、5代目。ただ、これも正確ではなく、さかのぼれるのがそこまでということらしい。小豆島の醤油造りの歴史は、1590年代、秀吉の大阪城築城のため石材を切り出し運んでいた小豆島の人が、その現場で湯浅(和歌山)の醤油職人に出会い、教えてもらったのが始まりとか。塩がもともと美味しかったので、これは出来る!ということになったらしいです。その後、江戸時代にはかなり発展し、末期には醤油の産地としての認知度も高かったようですから、もしその頃からなら、7代目?9代目?かもしれません。

とはいえ、古い=老舗ではないのはみなさんも感じられているかとおもいますし、古い=おいしいでもないわけです。ただ、醤油の場合、その要素があるのかな?と思うのが、木桶と蔵と菌。ヤマロクさんの蔵へ行くと、まずほとんどの方が150年近いと言う木桶に驚かされると思います。写真(最下段)だと朽ち果てているように見えますが、現役の醤油桶です。

もしかしたら、ある意味で腐っているのかもしれません。しかしむしろ、矛盾しますが、150年かけて、生き物になった?ということなのではないでしょうか。菌がびっしりとついて、唯一無二の道具、『存在』になっています。そして蔵全体も、醤油の保育器として、ヤマロク菌ともいうべくもので覆われている。これがやはり味に与える影響は大きいと感じます。科学的な根拠はなかなか見つけられないそうで、私が訪ねた別のある醤油屋さんでは、木桶で作るとおいしいという醸造学的な根拠はなく、むしろ衛生面のリスク(変動要素)が大きい、とおっしゃっていました。

またオール木桶で醤油を作っている蔵は、ほかにもありますし、大手でも、木桶だけの商品を出しているところもあります。それがすべてしっかりとした旨味、しかもただ濃いだけではない角のない旨さを感じる醤油かと言うと、違います。だから、木桶で作ると必ずおいしい、うまみが強いとは言えないのですが、ヤマロクさんではこの150年近くつながれてきた木桶が、菌が、ヤマロク味を作っていることは確かなんだろうと思わされます。

さらに、材料に目を転じれば、国産の大豆か黒豆。国産の麦。価格が高騰しても守ってきたヤマロクルールです。水は山から引きこんだ小豆島の天然水。塩は海外産ですが、山本さんが見込んだうまみのある天然塩だそうです。

ただこれも、すべて国産、さらにはオール有機というところもあります。それはやはり美味しさの重要な要因だと感じますが、ここまでの旨味はなかったりします。

はて・・・?

前々回も書きましたが、山本さんは、代々続くこの年季の入った木桶での醤油づくりを、ヤマロクの生命線でありコアコンピタンスだと決めて(机上ではなく、本能と天才的な嗅覚で、たぶん。)そのことを広く伝えています。だから私たちも、そうか木桶で作っているから、こんなにうまみのあるクセになる醤油が出来るんだ・・と思ってしまいます。私も最初、そう思いました。でも、今はそこは半分?くらいかなと思っています。

今私が、ここんちの醤油のおいしさの秘密として思っているのは、ふたつ。ひとつは、再仕込みの秘密。

もうひとつが山本さんその人の技量です。いい方を変えると 5代目の山本さんが、どんな醤油をおいしいと考えているのか、彼が求めるゴールの醤油の味が、人々を魅了する味だったと言うこと。さらにいい方を変えると、彼の味覚と覚悟がおいしさの秘密かなと思っています。

考えれば、当たり前です。同じ蔵、同じ木桶、まったく同じ材料であれば、だれが仕込んで育てても、同じ醤油になる?いえいえ、そんなはずはないのです。それが可能なのは、大量生産している工場だけの話。

以前、私が、日本の伝統調味料を追いかけようと思ったきっかけになったバルサミコの蔵で、そこのマンマからこんなことを言われました。「昔は、木樽を二つ持って嫁に行ったのよ。そして交互に入れ替えながら、おいしいバルサミコを育てていくの、家ごとに、マンマごとに味が違ったの。同じ材料でもね。先々代の祖母が、おいしいバルサミコをつくるって評判になって、こうして今、私たちファミリーはバルサミコの会社をやっている」と。

山本さんに蔵を案内してもらった時、『ここにある木桶、だいたい全部同じ醤油ができるんですか?』と聞いたことがあります。そうしたら、即答で、全部違う、と。

「エースの桶もあるんです。この桶で作る醤油がいちばんおいしい、というのが。一方でムラがある桶もある。」

ふむふむ。そうすると、それを合わせて理想のヤマロクの味にするわけですか?エースも、出来がいまいちなのも、いろいろ合わせて?うん???というのが次なる私の疑問でした。

それを人が????えっと、つまりあなたが???やってるのですね?

きっと山本さんの前にはお父様がやられていたのでしょう。その前にはおじい様が・・・。しかもそれは工程の最後の方の話で、そもそも、どの桶をまぜるか?いつまぜるか?何回混ぜるか?いつ仕込むか?(いつごろかは決まっていても)いつしぼるか?(実際は搾らず、自圧で滴らせる)すべては、誰かが決断しているわけです。それを、私が訪ねた当時、すべてひとりでやられていました。そこにある規準って、山本さんの味覚、嗅覚だけなわけですよね。なんという手仕事ぶりなんだろうと思いました。ある意味、怖い、不安なことでもあるような。

そこであらためて思うのです。他の、すばらしい味を守っている食材や調味料の店、料理屋や菓子屋でも同じですが、これぞ、身内が後を継ぐ意味なんだろうなと。そこで産湯を使い、育ったからこそ、きっとDNAにまで沁みついている味覚や嗅覚、基準がどうしようもなく身体の中にあって、一朝一夕には教えられないものなんだと。何しろ、おいしいという感覚なんて、ほんとうに千差万別 十人十色です。普通は、ブレるし、みんな違うとわかっているからこそ、これだ!と決めて出すのは難しい。でも、そういう商売のところでは、誰かが決めている。

材料がシンプルこの上ない醤油は、シンプルだからこそ、決断の連続なんじゃないかと思います。しかも、最後は滴りを受け取るだけの醤油だからこそ、です。搾ったあとに、加糖したり、牡蠣やらウニやら柚子やらのエキスをいれたり、そういう醤油なら、多少ぶれても何とかなるのだと思いますけど。

醤油屋の商品とはずばり(調味料、お酒、ワインなども)『私がおいしいと思うのはこういう醤油です』ってこと。

あたりまえじゃん!と思いますか?私はこれがあたりまえじゃないのが今だと思うのです。きっと中には『まだ自分の理想のゴールの醤油にはなっていないんです、でも目指している』という作り手もいるはずです。あるいは『私が美味しいと思うと言うより、みなさんが好きそうなの作りました!』という人も多いんじゃないでしょうか?

でも、私は山本さんにはピンポイントではっきりとしたおいしい醤油像があって、確信していて、たぶんそこにしっかり着地していると感じるのです。なんだろう、自分の味を信じる力みたいなものを感じます。それが多分、醤油造りについては、言葉では何も教えてくれなかったという父の味への絶対的な信頼であり、代々つながれてきたヤマロクの味への絶対味覚、なのだと思います。これって、商品に出ますよね。力がある。だから窒素量を計測したり、マニュアルを決めない、ともすれば不安な自分だけが頼りの作り方を続けられる。

その味を、同じく美味しいと思う人がファンになる、ただそれだけのこと。

そして、もうひとつが、再仕込み。再仕込みは、水・大豆・麦・塩で作る醤油を、醤油・大豆・麦・塩でつくるもの。私自身、いつも水は料理をまずくすると教室で話します。誤解されそうですが、日本は美味しい水の国。それとは別の話です。例えば、、同じインスタントのカレールーで作るカレーでも、水で作るのと昆布水や野菜スープで作るのは全く違います。味噌汁も、水で作るのと、いちばん出汁で作るのは全く違う。できるだけなにかの食材からうまみをだし、醸造されたものや発酵させて旨味を増したものを使うことで、深みやコクが出ます。とうぜん、時間をかけて発酵し おいしく育った醤油で醤油を仕込めばおいしくなります。

さらに、再仕込みの時、とある手作業をしているとお聞きしました(企業秘密だって)。それは納得の作業で、手間ひまかけるとはこのことだと確信しました。もし味わってみたいと思ったなら、鶴醤をどうぞ。

さて、私は、ヤマロクさんの醤油は毎日のかけ醤油としておすすめします。というか、これがあれば、そのまま、あるいは焼いただけ、蒸しただけ、ゆでただけのものが、かけるだけでご馳走になります。だからこそ、家庭にもってこい。これだけで、料理はシンプルに、おいしくなるから。醤油だけを出したりすることがない料理屋さんよりは、家庭でこそ本領を発揮するはずです。また私は、MY麺つゆにも時々使っています。鶴醤でつくる麺つゆは、味がぐっと贅沢に華やぐからです。(煮物には、また別の醤油をつかっています。)

山本さんの蔵へいくと、6代目くんと、7代目くんに会うことができます、ww。彼らはきっと、旨い醤油の確信、絶対味覚はしっかり引き継ぐことでしょう。そのうえで、思うのは、もっと大きく、もっともっと会社を大きくしたいと思った時はどうするんだろう?ということ。他の醤油屋さんがやっているように、理想の醤油に加えて、量産醤油をつくるようになるのか?はたまた?

ひとつの新たな事業として、山本さんは木桶屋さんを始めました。堺に唯一あった30石越えの大型桶を作れる桶屋さんが、まもなく廃業すると聞かされ、このままでは桶が絶滅することを危惧して、桶修業をつんだのです。今年から、日本中の酒、酢、味噌、醤油の作り手の方が新桶をほしいと言った時に対応できるように、桶の見本も作り始めました。私もそれを見に行き、山本さんの志に惹かれて集まった方々に触れて感動さえ覚えました。

江戸時代や明治初期以来、実に久しぶりに、新桶がずらっとならぶ景色がみられるようになるのかもしれません。しかも、全国で。それはそれはすごいことであり、暗澹とした気持ちになることが多い中で、100年後を楽しみにできる、叡智のかけはしだなとも思うのです。これは、何もできないながらも、応援していきたいな、と思っています。

ヤマロク醤油 http://yama-roku.net/

いやはや、長い長い文章なのに、読んで下さった方、ありがとうございます。感想いただき、励みになります。ここでいったん勝手に調味料連載はお休みして、次はまた別の考え方のおいしい醤油蔵のことを、書きたいと思っています。

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お知らせです:4月14日から、NHKカルチャー青山教室で、だしと調味料のクラスを開催します。詳しくはこちらで。

 https://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1052232.html

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※150年?越えているかもしれない現役の醤油桶。

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※仕込まれている醤油、ほとんどが手作業で育てられる。

 

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※2,3年目の新桶、150年後にどんな姿に?